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大阪高等裁判所 昭和27年(ラ)17号 決定

抗告人 山田浜次郎

主文

原決定を取消す。

抗告人の名「浜次郎」を「一郎」と変更することを許可する。

理由

本件抗告理由の要旨は、抗告人は大正十三年四月記者として、大阪○○新聞社に入社し、専ら「かずお」なる筆名を用い、同十五年京都○○新聞社(現○○新聞社の前身)に転じてからは、表札名刺等一切「一郎」を使用してきた関係上、世人は抗告人を「山田一郎」と信じ「山田浜次郎」とは別人の如く考えている。ただ抗告人は、昭和二十一年四月司法書士を開業することとなつたところ、司法書士は通名を使用することが許されないので、止むを得ずその業務上の関係書類のみは、すべて本名の「山田浜次郎」を用いている。

かような次第で抗告人は世上一般「一郎」として通用しているにかかわらず、その職業との関係上、本名と通名とを併用することを余儀なくせられ、社会生活上大なる不便、不自由、不利益を感じているわけである。よつて抗告人の名を「一郎」と変更することの許可を求めるというにある。

案ずるに、記録中の○○市○○区長、近藤英二作成の居住証明、株式会社○○新聞社常務取締役伊藤光一作成の証明書、疏第一号ないし第七号証(疏第七号証は一ないし五十)に、抗告人本人の審尋の結果を総合すると、抗告人は大正十五年五月京都○○新聞社(後に○○新聞社となる)に入社してから、その記者、又は嘱託として現在にいたるまで「一郎(カズオ)」なる筆名の下に記事を書いているもので、かような関係上、「浜次郎」なる本名は一般にはとくに忘却せられ、親族、旧知の間では、抗告人を「かずお」と呼び、その他諸般の関係では「いちろう」と称せられ、抗告人自らも「山田一郎」なる表札を掲げ、今や一般世人は、その呼び方の差こそあれ、抗告人を「山田一郎」として遇すること永年に亘るに至つたのであるが、ただ抗告人は、昭和二十一年四月司法書士を開業し、その業務の関係上、通名を使用することを得ず、止むなく業務上の書類等についてのみ、その本名「浜次郎」を使用していることを認定することが出来る。

そして、戸籍法第百七条が正当の事由のある場合においてのみ、名の変更を許しているのは、これをたやすく許す時は、同一人に対する認識の混同を生ずるのをおそれたものと解すべきであるところ、前示認定のように、抗告人の本名「浜次郎」は一般にはとくに忘却せられ、ただ司法書士としてのみ止むを得ず右本名を使用するにすぎずして、その他の関係においては、広く永年に亘つて「一郎」と称せられているような場合には、たとえ「一郎」なる呼び方が前示のように区々になつているとしても、むしろ抗告人の名を「一郎」と変更する方が、同人に対する認識を確実にするのみならず、一方同人が本名と通名との併用によつて、その社会生活上受くべき諸種の不便、不利益を除くこととなるわけである。

従つて本件は前示法案にいわゆる正当な事由ある場合にあたるというべきである。原決定はこれと反対の見解を採つたものであるから(なお原決定は「一郎」を「かずお」と音読することは現行当用漢字表の上では許されていないというが、右表にはかような音読に関する制限は存在しない)家事審判規則第十九条第二項に従い主文のとおり決定する。

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